30代独身「無論、持論」

元大卒フリーター。あらゆることに手を出した結果、何もできない人になった。

毎度のことだが

年明け突っ走って疲れた。スタートダッシュはダメだ。半分は自ら、もう半分は意図せず。

 

家帰れてないのが痛い。辛い。

 

物を持ちすぎている。物の所有はしがらみだ。

捨てたい。

ナイフ・ランプだけ鞄に詰め込んで旅に出よ。

 

実際は、なんだろう。

楽器。カメラ。パソコン。服。

くらいなもんなんかな。

服だけは消耗品。最新かつ最低限だけを持ったらどうか。

 

あとは、全部いらんだろう。持ってても、一生持てるわけでもない。冥土には持っていけない。

 

ヘマして死ぬまで追い込まれたと仮定して。最期の旅路に出る時に、持つものはもっと少ないだろう。本当はカメラもパソコンすらもいらないが、最期の旅くらいは記録したいので、まぁそんなもんか。あとは鞄一つだろうな。そんな友人がいるよ、あいつの持ち物くらいが最低限なんだろう。

 

今後使うもの以外はゴミだろう。

全部いらないんだ、本当は。

スッキリするかな。

 

その、捨てるための時間もほしい。さすがにちょっと時間かかる。

 

捨てて、新しいものを買おうよ。

 

袋もプチプチもいらない。明確なゴミは捨てろ。干すやつもいらん。タオルは捨てろ。服ももうダメになったやつは着れない、諦めろ。酒瓶もゴミだろう。明日でも捨てろ。

 

困るのは、酒と食材と本だ。いらないのに処分も難しい。

 

しかし、どれほどのスペースになるのかといえば、それでもさして空かないのだよな。上手いこと隙間に挟まっているだけなんだ。

 

圧迫してないんだよな。

ゴミと服はともかく、労力をかけるほどの価値はあるのか。

 

屋外保管できるようなものが他に思いつかないので、屋外系のスペースは空けなくて良い。

靴がはみ出してるのはそもそも論的なところがある。

山のセットは実家に置くべきか。

運動のセットも同様。